傘がない

今週のお題「傘」

 若いころは傘などもたなかった。

手に持って歩くのが面倒なのと、濡れるのが平気だったから。

一人暮らしの部屋に傘はなかった。

風邪もひかなかったし、寒くなければ濡れて歩くのも心地よい。

空を見上げて落ちてくる雨粒を見るのも楽しい。

 ある日のバイト帰り、その日も雨の夜だった。駅からの道をいつも通り傘を差さずに歩いていた。後ろから来た女の人が、そっと傘をさしかけてくれて「どうぞ」と入れてくれた。

断るのも悪い気がして、そのまま歩いた。

女の人はびしょ濡れで歩く私をかわいそうにと見兼ねて入れてくれたのだろう。

アパート近くまで黙って歩き、お礼を言って別れた。

濡れるのも平気と粋がった若さゆえの独りよがりが何だか気恥ずかしくなって、次の日

安い傘を一つ買った。

傘をさしかけてくれた人がどんな方だったかは忘れたけれど、何十年経っても雨が降り傘を見ると、ふと思い出すことがある。