猫を棄てる

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 物心つく前から家には猫がいた。猫がいることが当たり前の暮らしだった。

猫は強くて優しくて美しくて賢い生き物で、いつも一緒にいるから家族よりも近い存在だった。猫はネズミやモグラや虫を上手に捕まえることができて家族の中での役割を果たしていた。キャットフードなど無い時代だったから、残り物をもらう以外はネズミなどでたんぱく源を得ていたのだと思う。

 季節になるとやってくる雄猫とは親しい様子であったが、その不細工な野良の雄猫を私は嫌いだった。猫は季節ごとに身ごもって出産をしたからその後の猫自身の悲しみを見ていたせいかと思う。生まれた子ねこはもらわれていくか、死ぬか、棄てられていた。

その当時は今のように去勢手術などは行われていなかったのだ。

わたしの記憶に残っている頃だから、小学校に入る年だったかもしれない。また生まれた子ねこを祖母が川に棄てると言った。私は泣いて頼んだが聞き入れてはもらえず、それならば自分で棄てに行く、と子ねこが入った段ボール箱を抱えて家を出た。けれど、棄てられもせず、帰ることも出来ず、野辺で立ち尽くしていた情景を今でも覚えている。その後、どうしたかは記憶にないのだけど。

夕暮れの野辺で箱を抱えた小さい頃の私が 今も途方に暮れて泣いているのかもしれない。 そんな気がする。

 

 大人になったら猫をたくさん飼って一人で山の中に暮らそうというのが小学生の頃の将来の夢だった。現実は、家族と暮らす家に猫が2匹暮らしていて猫たちは人間よりも威張って自己主張しているのだ。

 

 

 最近、書店で村上春樹さんの新刊を見た。

「猫を棄てる」というタイトルの単行本だった。1ページ目を立ち読みしただけだけど

購入するかは迷っている。父親と少年が飼い猫(大人の猫)を海に棄てに行った話だ。

作家はこの話を書くのは辛かったかもしれないと思う。私はまた、読むのが辛いような気がしているのです。